はじめに

「最近、階段を上るだけで息切れがする」「足がむくんで靴がきつい」「なんだか疲れやすくなった」——こうした症状に心当たりはありませんか?

これらは心不全の初期サインかもしれません。

心不全は、いま日本で急増している病気のひとつです。高齢化や生活習慣病の増加を背景に、2030年には患者数が約130万人に達すると予測されており、この状況は「心不全パンデミック」とも呼ばれています。

このコラムでは、慢性心不全について、原因・症状・治療法を中心に、2025年に改訂された最新の心不全診療ガイドライン(日本循環器学会)の内容もふまえて、できるだけわかりやすく解説します。

慢性心不全とは

心不全とは、心臓のポンプ機能が低下して、全身に十分な血液を送り出せなくなった状態のことです。

わかりやすくいうと、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」です。これは日本循環器学会のガイドラインでも使われている一般向けの定義です。

心不全には「急性心不全」と「慢性心不全」があります。

急性心不全は、心臓の機能が急激に悪化して、緊急の治療が必要になる状態です。一方、慢性心不全(CHF:Chronic Heart Failure)は、長い期間をかけて徐々に心臓の機能が低下していく状態です。適切な治療を続けることで、症状をコントロールしながら生活することが可能です。

★慢性心不全は英語でCHF(Chronic Heart Failure)と略されます。

心臓の収縮力による分類

慢性心不全は、心臓がどのくらい血液を送り出せるか(駆出率:EF)によって分類されます。2025年の新しいガイドラインでは、治療で心機能が回復した「HFimpEF」という分類も加わりました。

分類 駆出率 どういう状態?
HFrEF 40%以下 心臓の「絞り出す力」が大きく低下している
HFmrEF 41~49% 収縮力がやや低下している(中間的なタイプ)
HFpEF 50%以上 絞り出す力は保たれているのに心不全がある(高齢者・肥満の方に多い)
HFimpEF 改善して40%超 【2025年新設】治療で収縮力が回復した心不全。ただし「治った」わけではなく、治療の継続が大切

 

心不全の「ステージ分類」── 症状がなくても要注意

心不全というと「息切れがひどくなってから治療する病気」と思われがちですが、実はそうではありません。

最新のガイドラインでは、心不全は4つのステージに分けて考えます。重要なのは、ステージAやBの段階、つまり症状がまだ出ていない段階から予防・管理を始めること。早く手を打つほど、心不全の発症や進行を防ぐことができます。

ステージ どんな状態?
A(心不全リスク) 症状はないけれど、高血圧・糖尿病・CKD(慢性腎臓病)・肥満・喫煙などのリスク因子がある
B(前心不全) 症状はないけれど、心臓の形や動きに異常が見つかっている(心肥大、弁の異常など)
C(症候性心不全) 息切れやむくみなど、心不全の症状が出ている段階
D(治療抵抗性) 十分な治療をしても症状が改善しない重症の段階

★2025年の改訂で注目! 慢性腎臓病(CKD)がステージAのリスク因子に正式追加されました。腎機能が低下している方は、心不全の症状がなくても「心不全予備軍」です。

心臓と腎臓は「心腎連関」と呼ばれる深い関係にあり、片方が悪くなるともう片方も悪化しやすくなります。高血圧や糖尿病のある方に加えて、腎機能が気になる方も、ぜひ定期的な検査を受けてください。

慢性心不全の原因 ── 「生活習慣病」が大きく関わっています

心不全はさまざまな病気が原因で起こりますが、その多くは生活習慣病と深い関係があります。

高血圧

高い血圧が長く続くと、心臓は普段より大きな力で血液を送り出さなければなりません。やがて心筋が厚くなり(心肥大)、心臓が硬くなって十分に血液を受け取れなくなります。心不全の原因として最も多いもののひとつです。

冠動脈疾患(狭心症・心筋梗塞)

心臓自体に栄養を届ける血管(冠動脈)が、動脈硬化で狭くなったり詰まったりする病気です。特に心筋梗塞では広い範囲の心筋がダメージを受け、心不全の大きな原因になります。

心臓弁膜症

心臓の弁の開閉がうまくいかなくなる病気です。弁が十分に開かない「狭窄症」と、しっかり閉じない「閉鎖不全症」があり、どちらも心臓に余分な負担をかけ、心不全につながることがあります。

糖尿病

糖尿病は血管を傷つけ、動脈硬化を進めます。心筋そのものにもダメージを与えるため、糖尿病の方は心不全のリスクが2~4倍に高まるといわれています。

不整脈

心房細動などの不整脈が長く続くと、心臓が疲弊して収縮力が落ちることがあります(頻拍誘発性心筋症)。適切な治療で改善が期待できるケースもあります。

慢性腎臓病(CKD

腎臓の機能が低下すると、水分やナトリウムの排泄がうまくいかず、心臓への負担が増えます。前述のとおり、2025年のガイドラインで心不全のリスク因子に正式追加されました。

心筋症・その他

心筋そのものに異常が生じる拡張型心筋症や肥大型心筋症なども原因となります。また、甲状腺の病気、貧血、過度のアルコール摂取なども心不全の原因になり得ます。

慢性心不全の症状 ── こんなサインはありませんか?

慢性心不全の症状は、軽いものから徐々に進行していきます。「年のせいかな」と見過ごしがちな症状が、実は心不全のサインであることも少なくありません。

初期の症状

・階段や坂道での息切れが増えた

・以前よりも疲れやすくなった

・夜中にトイレに起きる回数が増えた

・軽い動悸を感じることがある

★「最近、階段がつらい」「すぐ疲れる」は年齢のせいとは限りません。一度、検査を受けてみることをお勧めします。

進行した症状

・安静にしていても息苦しさを感じる

・足や手のむくみが目立つようになった

・食欲がなくなり、体重が減ってきた

・横になると息苦しく、起き上がったほうが楽

重度の症状

・夜中に息苦しさで目が覚める(起座呼吸)

・顔や手足が冷たくなる

・意識がぼんやりする、強い倦怠感が続く

慢性心不全の「急性増悪」── 急に悪くなることも

慢性心不全の方が、感染症・過労・塩分の摂りすぎ・薬の飲み忘れなどをきっかけに、急に症状が悪化することがあります。これを「急性増悪」といいます。

次のような症状が急に現れたら、すぐに医療機関を受診してください。

・急な息切れや呼吸困難の悪化

・横になれないほどの息苦しさ

・足や顔のむくみの急速な悪化

・数日で体重が2~3kg以上増えた

・ピンク色の泡状の痰が出る

急性増悪の主な原因

風邪や肺炎などの感染症、治療薬の飲み忘れや自己中断、塩分・水分の摂りすぎ、過度なストレス、不整脈の悪化、貧血の進行、腎機能の悪化などが主な原因です。

★急性増悪を防ぐためには、毎日の服薬・塩分管理・体重測定を習慣にすることが大切です。

慢性心不全の経過と予後

「心不全と言われたけれど、これからどうなるの?」と不安に思われる方は多いと思います。

心不全は進行性の病気であり、発症すると約4人に1人が1年以内に再入院するといわれています。入退院を繰り返すほど心機能は低下していきます。

しかし、ここ数年の治療の進歩は目覚ましく、新しい薬剤の登場によって予後は大幅に改善しています。大切なのは、できるだけ早い段階で適切な治療を始め、しっかり続けていくことです。

2025年の心不全診療ガイドラインが「予防」を最大のテーマに掲げているのも、症状が出る前の段階から対策を始めることが、長期的な予後の改善につながるからです。

慢性心不全は治るの?

「心不全は治りますか?」というご質問をよくいただきます。

残念ながら、慢性心不全が完全に治ることは難しいです。しかし、適切な治療を続けることで症状を大きく改善し、元気に日常生活を送れる方はたくさんいらっしゃいます。

2025年のガイドラインで新しく定義された「HFimpEF」は、治療によって心臓の収縮力が回復する方がいることを示しています。ただし、これは「完治」ではなく、薬をやめてしまうと再び悪化する可能性があるため、治療を続けることが大切です。

★心不全は「付き合っていく病気」です。正しい治療と生活管理を続けることで、長く元気に過ごすことができます。

慢性心不全の診断・検査

心不全の診断には、いくつかの検査を組み合わせて総合的に判断します。

血液検査(BNP・NT-proBNP)

心臓への負担の大きさを数値で測ることができる検査です。BNPやNT-proBNPの値が高いほど、心不全の可能性やリスクが高いことを示します。心不全の早期発見やリスク評価にとても有用な検査です。

心エコー検査(心臓超音波検査)

心臓の動きや大きさ、弁の状態、血液の流れを画像で確認できる検査です。駆出率(EF)もこの検査で測定します。心不全の診断に欠かせない検査です。

胸部X線・心電図

胸部X線では心臓の大きさや肺のうっ血を確認します。心電図では不整脈や心筋虚血の有無をチェックします。いずれも短時間でできる基本的な検査です。

慢性心不全の治療 ── 薬物療法を中心に

慢性心不全の治療は、薬物療法と生活習慣の改善が2本柱です。2025年のガイドライン改訂では、特に「早期からの積極的な薬物治療」と「発症前からの予防」が重視されています。

治療の基本:4種類の薬

収縮力が低下した心不全(HFrEF)に対しては、次の4種類の薬をできるだけ早く、組み合わせて使うことが推奨されています。

薬の種類 どんな薬?
ACE阻害薬/ARB/ARNI 血圧を下げ、心臓の負担を軽くする薬。ARNIはさらに心臓を守る作用もある
β遮断薬 心拍数を落ち着かせ、心臓を休ませる薬。弱った心筋の回復を助ける
MRA ホルモンの作用を抑え、心臓の線維化(硬くなること)を防ぐ薬
SGLT2阻害薬 もとは糖尿病の薬だが、心不全の入院や死亡を減らす効果が証明されている。糖尿病がなくても有効

 

これらを組み合わせて使うことで、入院や死亡のリスクを大幅に下げられることが、多くの大規模な臨床試験で証明されています。

▍ SGLT2阻害薬 ── すべてのタイプの心不全に推奨

SGLT2阻害薬は、2025年のガイドラインで「すべてのタイプの心不全」に対して最も高い推奨(クラスI)を受けました。これは画期的なことです。

糖尿病がある方はもちろん、糖尿病がない方にも有効で、心不全入院を一貫して抑制する効果が確認されています。また、腎機能を保護する効果もあり、慢性腎臓病を合併する方にも有用な薬です。

▍ GLP-1受容体作動薬 ── 肥満を合併する心不全の新たな選択肢

2025年のガイドラインで新たに推奨されたのが、GLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬です。

肥満を合併するHFpEF(駆出率が保たれた心不全)の方に対して、体重を減らすだけでなく、心不全の症状や生活の質を改善し、心不全の悪化を減らす効果が臨床試験で示されました。

「単なるダイエット薬」ではなく、「心臓にやさしい減量治療薬」として注目されています。

そのほかの薬

むくみを取る利尿薬、心拍数が高い方に使うイバブラジン、心不全が悪化した後に使うベルイシグアトなど、状態に応じてさまざまな薬を組み合わせます。お薬の内容は一人ひとり異なりますので、主治医とよく相談しましょう。

生活習慣の改善 ── 薬と同じくらい大切です

食事:塩分を控えめに

塩分の摂りすぎは体に水分がたまりやすくなり、心臓への負担が増えます。1日の塩分は6g未満が目標です。加工食品やインスタント食品には塩分が多く含まれているので注意しましょう。野菜・果物・魚を中心としたバランスの良い食事がお勧めです。

運動:無理のない範囲で

心不全の方も、医師の指導のもとで適度な運動をすることが推奨されています。ウォーキングなどの軽い有酸素運動は、心臓の機能や体力の改善に役立ちます。「息が切れすぎない程度」を目安に、毎日少しずつ続けましょう。

体重管理:毎日の測定を習慣に

毎日同じ時間に体重を測りましょう。数日で2~3kg以上増えた場合は、体に水分がたまっているサインの可能性があります。肥満の方は適切な減量が心不全の改善につながることもあります。

禁煙・節酒

喫煙は血管を傷つけ、心臓への酸素供給を減らします。禁煙は心不全の予防・治療どちらの面からも強く勧められます。過度の飲酒はアルコール性心筋症の原因になるため避けてください。

心不全は「予防する時代」へ ── 2025年ガイドラインのメッセージ

2025年改訂の心不全診療ガイドラインは、「治療から予防へ」という大きなメッセージを打ち出しています。

以下の生活習慣病や危険因子をお持ちの方は、症状がなくても「心不全予備軍」です。早めに対策を始めましょう。

☑ 高血圧  → 心筋肥大や拡張不全の原因になります

☑ 糖尿病  → 血管障害や心筋の代謝異常を起こします

☑ 脂質異常症  → 動脈硬化を進め、心筋梗塞のリスクを高めます

☑ 慢性腎臓病(CKD)  → 心腎連関で心不全を悪化させます

☑ 肥満  → HFpEF(駆出率が保たれた心不全)の主要な原因です

☑ 喫煙  → 血管機能と酸素供給の両方を悪化させます

★心不全は、「症状が出てから」ではなく、「リスクがある段階から」対策を始めることが重要です。薬の進歩もあり、心不全は「予防できる・治療できる」時代になっています。

こんなときは受診を ── 受診のタイミング

次のような症状に気づいたら、早めにご相談ください。

・以前より階段や坂道での息切れがひどくなった

・足のむくみが気になるようになった

・夜間の呼吸困難が増えている

・急に体重が増えた

・疲れやすさがなかなか取れない

高血圧・糖尿病・脂質異常症・慢性腎臓病などの持病がある方は、症状がなくても定期的な心臓の検査をお勧めします。

よくある質問

Q. 慢性心不全は完治しますか?

A. 完治は難しいですが、適切な治療を続けることで症状をコントロールし、日常生活を送ることは十分に可能です。

Q. 慢性心不全になると余命はどのくらいですか?

A. 原因や重症度、治療の状況によって大きく異なります。近年の治療の進歩で予後は大幅に改善しており、早期発見・早期治療がとても重要です。

Q. 心不全で避けるべき食べ物はありますか?

A. 塩分の多い加工食品(漬物、カップ麺、スナック菓子など)や脂質の多い食事は控えましょう。水分量についても主治医と相談することをお勧めします。

Q. 心不全の薬は一生飲み続ける必要がありますか?

A. 基本的に、心不全の薬は長期間の服用が必要です。症状が良くなっても、自己判断で中止すると再び悪化するリスクがあります。

Q. 心不全で運動しても大丈夫ですか?

A. 医師の指導のもとであれば、軽い運動はむしろ推奨されています。ウォーキングなどを、息切れが強くならない範囲で行いましょう。

Q. SGLT2阻害薬は糖尿病がなくても使えますか?

A. はい。SGLT2阻害薬は糖尿病の有無にかかわらず、心不全の治療薬として使用できます。2025年のガイドラインでは、すべてのタイプの心不全に推奨されています。

Q. 心不全の兆候を早期に発見するには?

A. 毎日の体重測定が有効です。数日で2~3kg以上増えたら要注意。息切れやむくみの変化にも気を配り、異変を感じたら早めに受診してください。

Q. 高血圧や糖尿病があると心不全になりやすいですか?

A. はい。いずれも心不全の主要なリスク因子です。2025年のガイドラインでは、これらの疾患がある方は「心不全予備軍」として管理が推奨されています。

Q. 慢性心不全と慢性腎臓病は関係がありますか?

A. 深い関係があります。「心腎連関」といい、一方が悪化するともう一方も進行しやすくなります。両方を同時に管理していくことがとても大切です。

Q. BNPやNT-proBNPが高いと言われました。心不全ですか?

A. BNPやNT-proBNPは心臓への負担を反映する血液検査の値です。高い場合は心不全の可能性がありますが、年齢や腎機能など他の要因でも上がることがあります。詳しい検査で総合的に判断します。

Q. 急に息苦しくなったらどうすればよいですか?

A. まずは上半身を起こして楽な姿勢をとりましょう。強い呼吸困難が続く場合や、意識がぼんやりする場合は、すぐに救急車を呼んでください。

Q. 心不全の予防のために何ができますか?

A. 高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病を適切に治療すること、減塩・適度な運動・禁煙・適正体重の維持など、日々の生活習慣の改善が心不全予防の基本です。